2017年01月24日
平和の少女像よ なぜ泣いている
今から、十数年前のある夜、
私は衝撃のニュースを読み涙があふれ出し
なかなか眠ることができませんでした。
その記事とは韓国で起きた火災です。
- 群山大明洞火災惨事
2000年9月19日、群山市大明洞の風俗店で火災が発生し
性売買女性5人が死亡し、1人が救助。
犠牲者はすべて20代の女性で、10代で家出し店主に人身売買されて
監禁され性売買を強要されていた。
- 群山開福洞火災惨事
2002年1月19日、開福洞で14人の売春女性と男性店主1人が死亡する事件が起きた。
この事件の被害者も人身売買に売られ、監禁されたまま性売買を余儀なくされていた。
店から30mの距離に交番があったにもかかわらず、警察は賄賂を受けて目をつぶっていた
この記事を読み
なかなか寝付かれなかったので、私は彼女たちの事を考えてみました。、
そして心の中で彼女たちに訊ねてみました
「恨んでいますか」と
すると彼女たちは
「いいえ」とこたえ
そして
「重たいのです」と答えを聞いたような気がしました
私は彼女たちにこうすすめました
「私の家でよければゆっくりしていってください、私と一緒に楽しいことをいっぱい味わって
軽くなってくださるといいのですが」
と言って私は空想をやめ
眠りにつきました
すると
朝いちばんに、牧師の主人が不思議な夢を見たといってきました
きくと
我が家に、それはそれはぎっしりと、悪霊が取り憑いていて、主人を合わせ11名の人で、
悪霊払いをしたというのです。
私は主人からその話を聞き、主人に叫びました
「貴方はなんてことをしてくれたのですか、悪霊になりたくて
なった人など一人もいない、心が癒えず傷ついて、重くなって旅立てないだけなのに」
と
主人はあっけにとられて、泣く私の背中をさすってくれました
あれから十年以上がたち2016年になり
私は故郷の沖縄に帰り
平和記念公園と
健児の塔
ひめゆりの塔にたちより
心で
もし関心があるならば
アメリカに一緒に行きませんかと
彼らに祈りました
私は
すでに彼らの母親の年齢です
彼らが生きていたなら
多くの事を経験したかっただろうと
わが子と同年代の兵士たちに思いをよせました
そしてアメリカに帰って来るその空港で
韓国の朴大統領の崔ソンシル氏問題のニュースをみて
この私の旅行と韓国で起きている問題とで
私が気づかなければならないことがあるのだろうと
意識し始めました
そしてアメリカに帰ってすぐに
私は、初めて
平和の少女像というのが
存在することをしりました
慰安婦問題の事はしっていたのですが
その象徴が作られていたのは知りませんでした
そして、あれよあれよという間もなく
慰安婦問題が
国と国の国交をも脅かす問題まで炎上してしまったのです。
私は十数年前に空想で出会った
人身売買され、売春婦にされ、監禁されたために焼け死んだ
彼女たちの事を思い出しました
彼女たちが
軽くなるために
訊ねてきている、のが分かりました。
私は、すぐにいかにして彼女たちが
軽くなれるのかを探り始めました
まず
彼女たちに聞きました
「貴方たちは、日本兵を恨んでいるのか?」と
すると答えは「いいえ」でした
で私は貴方たちは何が重たく
旅立てないのかと聞きますと
彼女たちもわからないようでした
私は彼女たちが
何を知らせようとしているのかを
調べ始めました。
まず
韓国の売春婦たちは
日本併合前、日本併合初期戦前、戦時中、戦後
どのように生きて来たのかをしらべてみました。
驚いたことに
日本併合の直前まで、朝鮮では
30%の人々が奴隷の立場で、
女性は品物のように扱われていて
命などは主人の好き勝手にできたようです
そして
もっとびっくりしたのは
試しバラという,悪習です
父や、叔父、兄、などが
子供を産めるかどうかと、娘を犯し
妊娠させて嫁に出すのです
私はまた聞きました
貴方は誰を見てるのですか
貴方の父ですかと私が訊ねると
すると彼女たちは
うなずきました。
2016年の年末
平和の少女像が釜山の
領事館の近くにおかれ、
2017年の新年早々
平和の少女像設置に対し
遺憾として
日本の大使と領事が日本に
一時帰国しました
多くを語らない彼女たちの言わんとすることを
必死で探してみました。
そして、再び聞いてみました
「貴方は日本を恨んでいるのか」
すると「いいえ」という答えです
で
「貴方は貴方の父を恨んでいるのか」と聞きますと
それも「いいえ」でした
では、なぜこのように、現れるのですかと聞きますと
答えません
で
私は、平和の少女像がどのようにして
できたのかを調べてみました
すると、
韓国の女子高校生二人が
アメリカ軍のタンクにひき殺された
時の女の子にそっくりだそうで
空席の椅子はもう一人の方ではないかとのことでした
で
私は
「貴方は、アメリカを恨んでいるのか?」
と聞きますと
それも「いいえ」と彼女はこたえるのです
ではなぜ、どどまるのですかと聞くと
答えを言いません
彼女が静かにうつむいて
悲しんでいる姿がみえました
すると
彼女の肩に
若い日本兵が、かれの上着をかけてあげていました
彼女は
ずっとうつむいて
涙を流しています
彼女の周りに
あの当時
戦争で命を失った
多くの国々の男女の
若者たちが
彼女を心配して
集まってきて
寄り添って慰めているのがみえました
そして平和の少女像は
私にぽつりと
「韓国で怒りや、失望、憎しみで、苦しむ若者が
可哀そうで可哀そうで、心配で心配で
胸が張り裂ける
離れられない
立ち去れない」といい
ただただ
泣いていました。
韓国の若者よ
気をつけなさい
貴方たちはなぜ調べようとしないのか
なぜ心を開いてみようとしないのか
貴方たちのかたくなな心は
国を亡ぼす
貴方方が本当に慰安婦の事を
愛し
心配しているのなら
貴方方の国を栄させ
売春婦の仕事をしなくても
生きていける
国民の生活を築き上げるのが
本当の鎮魂になるというのに
慰安婦の銅像を無駄に作り続け
世界に恥をさらし
国を貶める
いつまで続けるのか
もう
気づきなさい
恨み
憎しみを
招きいれてはいけません
貴方が発する
恨み
憎しみは
受け取り手がいても
いなくても
倍加して
貴方に戻ってきます
国を汚してはいけません
貴方の先祖は
貴方が恨むのではなく
愛を実践することを通して
国を栄えさせようとしています
憎しみや
恨みの多い貴方方が
栄えると
地球の命が危ぶまれるので
この地球からも
祝福を受けることができません
かたくなな心を
知識と知恵をもって
解きほぐしなさい
平和の少女像は
恨みと悲しみと苦しみで
満たされる
貴方方を心配して
泣いています
‘‘
お母さん
戦争当時
強制で慰安婦にされたって
噂聞いた?
「聞いたことはないけど
あの当時、国が絶対だから
何があってもおかしくはなかったよ」
そう、、
「で
沖縄ではどうだった」
「みんな、自分たちからだと思うよ
引っ張られていったなんて
とうちゃんや、かーちゃんたち
話してなかったから」
私は衝撃のニュースを読み涙があふれ出し
なかなか眠ることができませんでした。
その記事とは韓国で起きた火災です。
- 群山大明洞火災惨事
2000年9月19日、群山市大明洞の風俗店で火災が発生し
性売買女性5人が死亡し、1人が救助。
犠牲者はすべて20代の女性で、10代で家出し店主に人身売買されて
監禁され性売買を強要されていた。
- 群山開福洞火災惨事
2002年1月19日、開福洞で14人の売春女性と男性店主1人が死亡する事件が起きた。
この事件の被害者も人身売買に売られ、監禁されたまま性売買を余儀なくされていた。
店から30mの距離に交番があったにもかかわらず、警察は賄賂を受けて目をつぶっていた
この記事を読み
なかなか寝付かれなかったので、私は彼女たちの事を考えてみました。、
そして心の中で彼女たちに訊ねてみました
「恨んでいますか」と
すると彼女たちは
「いいえ」とこたえ
そして
「重たいのです」と答えを聞いたような気がしました
私は彼女たちにこうすすめました
「私の家でよければゆっくりしていってください、私と一緒に楽しいことをいっぱい味わって
軽くなってくださるといいのですが」
と言って私は空想をやめ
眠りにつきました
すると
朝いちばんに、牧師の主人が不思議な夢を見たといってきました
きくと
我が家に、それはそれはぎっしりと、悪霊が取り憑いていて、主人を合わせ11名の人で、
悪霊払いをしたというのです。
私は主人からその話を聞き、主人に叫びました
「貴方はなんてことをしてくれたのですか、悪霊になりたくて
なった人など一人もいない、心が癒えず傷ついて、重くなって旅立てないだけなのに」
と
主人はあっけにとられて、泣く私の背中をさすってくれました
あれから十年以上がたち2016年になり
私は故郷の沖縄に帰り
平和記念公園と
健児の塔
ひめゆりの塔にたちより
心で
もし関心があるならば
アメリカに一緒に行きませんかと
彼らに祈りました
私は
すでに彼らの母親の年齢です
彼らが生きていたなら
多くの事を経験したかっただろうと
わが子と同年代の兵士たちに思いをよせました
そしてアメリカに帰って来るその空港で
韓国の朴大統領の崔ソンシル氏問題のニュースをみて
この私の旅行と韓国で起きている問題とで
私が気づかなければならないことがあるのだろうと
意識し始めました
そしてアメリカに帰ってすぐに
私は、初めて
平和の少女像というのが
存在することをしりました
慰安婦問題の事はしっていたのですが
その象徴が作られていたのは知りませんでした
そして、あれよあれよという間もなく
慰安婦問題が
国と国の国交をも脅かす問題まで炎上してしまったのです。
私は十数年前に空想で出会った
人身売買され、売春婦にされ、監禁されたために焼け死んだ
彼女たちの事を思い出しました
彼女たちが
軽くなるために
訊ねてきている、のが分かりました。
私は、すぐにいかにして彼女たちが
軽くなれるのかを探り始めました
まず
彼女たちに聞きました
「貴方たちは、日本兵を恨んでいるのか?」と
すると答えは「いいえ」でした
で私は貴方たちは何が重たく
旅立てないのかと聞きますと
彼女たちもわからないようでした
私は彼女たちが
何を知らせようとしているのかを
調べ始めました。
まず
韓国の売春婦たちは
日本併合前、日本併合初期戦前、戦時中、戦後
どのように生きて来たのかをしらべてみました。
驚いたことに
日本併合の直前まで、朝鮮では
30%の人々が奴隷の立場で、
女性は品物のように扱われていて
命などは主人の好き勝手にできたようです
そして
もっとびっくりしたのは
試しバラという,悪習です
父や、叔父、兄、などが
子供を産めるかどうかと、娘を犯し
妊娠させて嫁に出すのです
私はまた聞きました
貴方は誰を見てるのですか
貴方の父ですかと私が訊ねると
すると彼女たちは
うなずきました。
2016年の年末
平和の少女像が釜山の
領事館の近くにおかれ、
2017年の新年早々
平和の少女像設置に対し
遺憾として
日本の大使と領事が日本に
一時帰国しました
多くを語らない彼女たちの言わんとすることを
必死で探してみました。
そして、再び聞いてみました
「貴方は日本を恨んでいるのか」
すると「いいえ」という答えです
で
「貴方は貴方の父を恨んでいるのか」と聞きますと
それも「いいえ」でした
では、なぜこのように、現れるのですかと聞きますと
答えません
で
私は、平和の少女像がどのようにして
できたのかを調べてみました
すると、
韓国の女子高校生二人が
アメリカ軍のタンクにひき殺された
時の女の子にそっくりだそうで
空席の椅子はもう一人の方ではないかとのことでした
で
私は
「貴方は、アメリカを恨んでいるのか?」
と聞きますと
それも「いいえ」と彼女はこたえるのです
ではなぜ、どどまるのですかと聞くと
答えを言いません
彼女が静かにうつむいて
悲しんでいる姿がみえました
すると
彼女の肩に
若い日本兵が、かれの上着をかけてあげていました
彼女は
ずっとうつむいて
涙を流しています
彼女の周りに
あの当時
戦争で命を失った
多くの国々の男女の
若者たちが
彼女を心配して
集まってきて
寄り添って慰めているのがみえました
そして平和の少女像は
私にぽつりと
「韓国で怒りや、失望、憎しみで、苦しむ若者が
可哀そうで可哀そうで、心配で心配で
胸が張り裂ける
離れられない
立ち去れない」といい
ただただ
泣いていました。
韓国の若者よ
気をつけなさい
貴方たちはなぜ調べようとしないのか
なぜ心を開いてみようとしないのか
貴方たちのかたくなな心は
国を亡ぼす
貴方方が本当に慰安婦の事を
愛し
心配しているのなら
貴方方の国を栄させ
売春婦の仕事をしなくても
生きていける
国民の生活を築き上げるのが
本当の鎮魂になるというのに
慰安婦の銅像を無駄に作り続け
世界に恥をさらし
国を貶める
いつまで続けるのか
もう
気づきなさい
恨み
憎しみを
招きいれてはいけません
貴方が発する
恨み
憎しみは
受け取り手がいても
いなくても
倍加して
貴方に戻ってきます
国を汚してはいけません
貴方の先祖は
貴方が恨むのではなく
愛を実践することを通して
国を栄えさせようとしています
憎しみや
恨みの多い貴方方が
栄えると
地球の命が危ぶまれるので
この地球からも
祝福を受けることができません
かたくなな心を
知識と知恵をもって
解きほぐしなさい
平和の少女像は
恨みと悲しみと苦しみで
満たされる
貴方方を心配して
泣いています
‘‘
お母さん
戦争当時
強制で慰安婦にされたって
噂聞いた?
「聞いたことはないけど
あの当時、国が絶対だから
何があってもおかしくはなかったよ」
そう、、
「で
沖縄ではどうだった」
「みんな、自分たちからだと思うよ
引っ張られていったなんて
とうちゃんや、かーちゃんたち
話してなかったから」